昭和25年11月 |
富士市今泉に機械設備一式を新設し、同時に資本金60万円にて株式会社高尾製紙所を設立 |
昭和29年3月 |
旧設備一式を廃止し、新抄紙機とする、同時に資本金150万円に増資 |
昭和37年5月 |
資本金450万円に増資し、高尾製紙株式会社と社名変更 |
昭和39年3月 |
富士宮市に高原工場を建設し、5月よりライナーマシン稼働 |
昭和39年9月 |
資本金900万円に増資 |
昭和40年5月 |
資本金1,800万円に増資 |
昭和41年12月 |
高原工場に2号抄紙機増設 |
昭和44年10月 |
高原工場に2号抄紙機を撤去し、短網ティッシュマシンを設置し、生産開始 |
昭和46年7月 |
高原工場に長網多筒マシンを設置し、特殊色更紙の製造を開始 |
昭和47年12月 |
農林省より米麦袋用抄繊原紙の製造業者に指定される |
昭和53年1月 |
高原工場2号マシンを多筒式に改造 |
昭和54年4月 |
本社工場に丸網ヤンキー1,500mmを設置、薄葉紙の生産に入る |
昭和58年9月 |
本社を富士宮に移転、本社工場2号機を撤去し、長網多筒のN1マシンを設置し、特殊色更紙の生産開始 |
昭和63年4月 |
東京出張所を開設 |
平成13年6月 |
東京出張所を神田に移転 |
平成20年2月 |
天間興業と合併し資本金4,300万円に |
平成20年9月 |
三恭と合併し資本金5,300万円に |
平成21年 |
長網抄紙機(3号機)更新 |
平成24年7月 |
代表取締役社長に大石恭平就任 |